谷崎潤一郎

語りが魅力の織田作之助「夫婦善哉」を読んだので感想を述べます

織田作之助は大正2年生まれ、昭和22年に33歳で結核で亡くなるまで約12年間にわたって著作活動を続けました。青空文庫に登録されているだけでも70冊もあり、亡くなるまでの12年間に膨大な数を書いたことがわかります。多作であるにもかかわらず駄作は少なく、代表作の夫婦善哉を始め、小説もエッセイも読んで気持ちがスッとする明晰な文章が多い作家です。本人は十分な能力も学力もあったにもかかわらず、学業生活に落ちこぼれ、金銭関係や女性関係に恵まれず、無頼な人生を送りました。夫婦善哉を読んでみればすぐにわかりますが、まず一番の魅力はその語りの力です。まるで講談のように物語にグイグイ引き込まれていって、あたかも自分が昭和初期の大阪の下町に生きているような錯覚に陥ります。このような語りの力は谷崎潤一郎の作品にも見られるのですが、西洋文学が日本に輸入される前から日本人が伝統的に持っていた呼吸と語りの力を体現しているのではないかと思います。本人は不摂生で無頼な生活を送っているにも関わらず、夫婦善哉の全体を通して流れているのは夫婦の愛情という普遍的なテーマであり、読者を自然にほのぼのとした気持ちにさせてくれます。この普遍性が繰り返し演劇や映画、テレビドラマで夫婦善哉が取り上げられる理由なのでしょう。また庶民の心をつかむ大衆文学であるにも関わらず大衆迎合でない点も見逃せません。ごく一般的なテーマに根ざしつつその底辺を流れている愛という文芸性・芸術性が夫婦善哉を文学の金字塔とさせている理由であると思います。 青空文庫 夫婦善哉(織田作之助)

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谷崎潤一郎「春琴抄」これを一気に読める人はかなり肺活量が大きくないと無理だろう。

谷崎潤一郎の作品が青空文庫に登場しましたので早速、春琴抄を読みました。 谷崎は全集に掲載されている作品はすべて何度か繰り返して読みましたが、独特の言い回し節回しが特徴であり、謡曲や講談のような日本人独特の呼吸法が求められます。 以下は「春琴抄」のある一節です。 先代大隅太夫は修業時代には一見牛のように鈍重で「のろま」と呼ばれていたが彼の師匠は有名な豊沢団平俗に「大団平」と云われる近代の三味線の巨匠であったある時蒸し暑い真夏の夜にこの大隅が師匠の家で木下蔭挟合戦の「壬生村」を稽古してもらっていると「守り袋は遺品ぞと」というくだりがどうしても巧く語れない遣り直し遣り直して何遍繰り返してもよいと云ってくれない師匠団平は蚊帳を吊って中に這入って聴いている大隅は蚊に血を吸われつつ百遍、二百遍、三百遍と際限もなく繰り返しているうちに早や夏の夜の明け易くあたりが白み初めて来て師匠もいつかくたびれたのであろう寝入ってしまったようであるそれでも「よし」と云ってくれないうちはと「のろま」の特色を発揮してどこまでも一生懸命根気よく遣り直し遣り直して語っているとやがて「出来た」と蚊帳の中から団平の声、寝入ったように見えた師匠はまんじりともせずに聴いていてくれたのであるおよそかくのごとき逸話は枚挙に遑なくあえて浄瑠璃の太夫や人形使いに限ったことではない生田流の琴や三味線の伝授においても同様であったそれにこの方の師匠は大概盲人の検校であったから不具者の常として片意地な人が多く勢い苛酷に走った傾がないでもあるまい。 これで一行。文字数にして529文字を一気に読み通すだけの肺活量がなければ読めません。 詳しくはありませんが、浄瑠璃や講談のような”ものがたり”の世界に通じる文学であり、織田作之助にも共通して、いずれも関西の古典芸能に根付いたものだと思います。(谷崎は東京市日本橋生まれですが、関西を愛し、人生の大部分を関西で過ごしました) 画像は島津保次郎により春琴抄、お琴と佐助からのキャプチャーで主演は田中絹代です。YouTubeで全編を観ることができます。

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2016年の楽しみは谷崎潤一郎の著作権が切れること。青空文庫では続々と校了中。

今年、谷崎潤一郎は没後50年です。青空文庫では続々と谷崎の著作が入力されています。 ベトナムに来る時に泣く泣く手放したのが谷崎潤一郎全集(菊判)全28巻。神田の八木書店に引き取ってもらいました。 来年からは思う存分電子本として読むことができると思えば、2016年が待ち遠しいのです。

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