[]

マインドフルネス(瞑想)アプリ「Mindfulness」を約3年続けてみた

マインドフルネスとは

ここ数年マインドフルネスが一般的になってきました。Googleなどでは企業研修の一環としてマインドフルネスが導入されていたり、iPhoneヘルスケアやGoogle FitなどではOSレベルでマインドフルネス管理ができるようになっています。
Wikipedia ではマインドフルネスは以下のように定義されています:

マインドフルネス(英: mindfulness)は、現在において起こっている経験に注意を向ける心理的な過程であり[1][2][3]、瞑想およびその他の訓練を通じて発達させることができる

マインドフルネスアプリ「The Mindfulness」

私が使っているマインドフルネスアプリはズバリ「The Mindfullness」です。

有料版では様々なメンターのマインドフルネスセッションを受けることができますが、無料版では「入門編」と「瞑想セッション」を利用することができます。
「瞑想セッション」では5分、15分、30分、30分ボディースキャン、個人設定のいずれかを選ぶことができますが、私は基本的に15分のセッションを続けています。

マインドフルネスが話題になっているが・・・

過去3年以上、ほぼ毎朝15分間の瞑想を続け、マインドフルネスに関する書籍やブログ記事などを読んだりしてきましたが、瞑想を行うことで何らかの即効性のある実利的なメリットを望んでもあまり期待通りにはいかないのではないかと思います。
瞑想をしたら幸せになれる、悩みや不安から解放されるなど、人それぞれの動機があるかと思いますが、正直、瞑想をしたからといって即効性ある実利があるわけではありません。
特に人間関係やトラブルが元で鬱状態になっているような人は、間違えると余計症状が重くなってしまうような気がします。
むしろ普段健康な時、継続的に行うことで、精神的に不安定な状態になることを予防できることの方が大きいように思います。

鬱や精神疾患と内臓疾患

こんなことを書けば専門家から非難を受けそうですが、私は鬱や不安神経症などの精神疾患は、内臓疾患に近い病気なのではないかと考えています。
精神的な障害というとなかなか治りづらく、胃痛や下痢のように薬を飲めば治る病気ではないように思われますが、体の中で脳だけが独立して機能しているわけではなく、脳だけを健康に保つことは困難です。
健康的で規則正しい生活を続けることで、脳だけではなく体全体が健康に維持できるように、精神的な疾患も脳の機能不全を正せば治るものではないかと想像しています。

人は妄想に生きている?

誰しも日々の生活を送る上で、無意識に過去のことや未来のことを考えながら生きています。私も過去のことを思い浮かべては「あの時こうするのではなかった」と後悔したり、将来のことを考えては「このまま破産せずに健康的に生きていけるのだろうか?」と不安を感じたりします。

日本のお母さんは「勉強しないと将来苦労するよ」と小言を言いますが、実は勉強なんかしなくても生きていく上で困ることはあまりありません。
しかしおとなしく真面目な良い子ほどそれを真に受けて不安になったり、鬱になったり、自己嫌悪に陥ったりするものです。

何が言いたいかと言えば、過去も未来も人間が考えた概念、つまり実態のない空気のようなものであって、私たちの人生はこのような非現実的概念に大きく支配されているということです。

ベトナム人の良いところは、日本人と比較して余り過去や未来にとらわれている人が少なく、今を生きている人が多いように見受けられることです。それは我々日本人から見ると刹那的であるようにも見えますが…。

現実に存在するのは「いま」しかない

突き詰めて観察すると、あるのは「いま」しかなく、しかもその「いま」は常に流れて止めることができません。私が写真やスケッチに興味を持つのも「いま」を止めて形にしたいという、はかない思いがあるからかもしれません。

ベトナム在住の日本人であれば、バスやタクシーに乗って街中をボーっと眺めている時、「なんで俺はこんなところにいるのだろう」などと思った経験のある人もいらっしゃるのではないでしょうか。行動が制限された環境の中、過去や未来の想念に「無意識」が影響を受けて起こる心理現象かもしれません。

マインドフルネス(瞑想)では、自分の呼吸や、耳から入ってくる音などに意識を集中して、「いま」を意識的に捉えることが大切です。過去や未来の「概念」に囚われていた自分に気づき、現実的な「いま」に対応する力が得られます。私はスポーツは苦手ですが、スポーツ選手が競技中に過去や未来に囚われていたら勝てる勝負も勝てません。スポーツをやることのメリットはこんなところにもあるのではないでしょうか?

瞑想中に浮かんでくる思考をどう扱うか?

マインドフルネスでは呼吸や音に集中します。やってみればわかりますが、たった15分の瞑想でも、呼吸に集中することはとても困難です。2、3分もすれば、色々な妄想が浮かんできて、意識が浮かび上がる概念に向けられてしまいます。悲しみや怒りといった妄想ならまだしも、楽しいことやワクワクすることが思い浮かぶと、ついついそちらに意識が向いてしまいます。
それらの概念が思い浮かぶことは人間の自然なあり方であり、瞑想の失敗や集中力の欠如ではありません。肝心なことはそれらの思いが浮かんできて意識がそちらに向かいはじめた時、それに気づいたら「意識的に」そのことについて考えることを止め、再び呼吸に意識を集中することです。

私がマインドフルネスを続けて最も鍛えられたと感じるのは、自然に浮かんでくる自分の思いを「意識的に」止められるようになってきたことです。
以前は「もうそんなことを考えることはやめろ」と言われても止められず、自然な考えを止めることなどはできないと思っていましたが、訓練を積むと浮かんでくる概念を意識的に止めることができるようになります。
私はマインドフルネスの最大のメリットはここにあると考えています。

「いま」に集中すると穏やかな流れだけ

過去は後悔、将来は不安をもたらす可能性があります。

これまで何の問題もなく幸せな人生を送ってきて、順風満帆、将来には何の不安もない人にはそんな問題はありませんが、もしそのような人がいれば会ってみたいものです。つまり、そんな人は世の中には存在しないと言い切っても良いと思います。もしそういう人がいれば、私はどこか精神的におかしいところがあるのではないかと疑います。

マインドフルネスを通じて、浮かび上がる過去、将来、想念をストップさせることができれば、そこに存在するのは自分の呼吸と穏やかな湖のような広がりです。湖の水はさざなみを立てることもないほど静かですが、中の水はとどまることなく流れている・・・そういったイメージです。

だからと言って自分は幸せだとハッピーになるわけでもなく、不安で不幸だと嘆き恐れるわけでもなく、ただ静止している状態でしかありませんが、確実に心に落ち着きと余裕をもたらしてくれます。

なんとはなく気がせく、なんとはなく不安、なんだかわからないが腹が立つ・・・コロナ禍で生活の自由に制限がある現在、そういう気分になることも多いですが、マインドフルネスは困難な生活状況の中でも心の平安をもたらしてくれるものだと思います。

関連記事

Leave a Reply

最近の投稿