谷崎潤一郎「春琴抄」これを一気に読める人はかなり肺活量が大きくないと無理だろう。

谷崎潤一郎の作品が青空文庫に登場しましたので早速、春琴抄を読みました。

谷崎は全集に掲載されている作品はすべて何度か繰り返して読みましたが、独特の言い回し節回しが特徴であり、謡曲や講談のような日本人独特の呼吸法が求められます。
以下は「春琴抄」のある一節です。

先代大隅太夫は修業時代には一見牛のように鈍重で「のろま」と呼ばれていたが彼の師匠は有名な豊沢団平俗に「大団平」と云われる近代の三味線の巨匠であったある時蒸し暑い真夏の夜にこの大隅が師匠の家で木下蔭挟合戦の「壬生村」を稽古してもらっていると「守り袋は遺品ぞと」というくだりがどうしても巧く語れない遣り直し遣り直して何遍繰り返してもよいと云ってくれない師匠団平は蚊帳を吊って中に這入って聴いている大隅は蚊に血を吸われつつ百遍、二百遍、三百遍と際限もなく繰り返しているうちに早や夏の夜の明け易くあたりが白み初めて来て師匠もいつかくたびれたのであろう寝入ってしまったようであるそれでも「よし」と云ってくれないうちはと「のろま」の特色を発揮してどこまでも一生懸命根気よく遣り直し遣り直して語っているとやがて「出来た」と蚊帳の中から団平の声、寝入ったように見えた師匠はまんじりともせずに聴いていてくれたのであるおよそかくのごとき逸話は枚挙に遑なくあえて浄瑠璃の太夫や人形使いに限ったことではない生田流の琴や三味線の伝授においても同様であったそれにこの方の師匠は大概盲人の検校であったから不具者の常として片意地な人が多く勢い苛酷に走った傾がないでもあるまい。

これで一行。文字数にして529文字を一気に読み通すだけの肺活量がなければ読めません。

詳しくはありませんが、浄瑠璃や講談のような”ものがたり”の世界に通じる文学であり、織田作之助にも共通して、いずれも関西の古典芸能に根付いたものだと思います。(谷崎は東京市日本橋生まれですが、関西を愛し、人生の大部分を関西で過ごしました)

画像は島津保次郎により春琴抄、お琴と佐助からのキャプチャーで主演は田中絹代です。YouTubeで全編を観ることができます。

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