YouTubeクラシック

YouTube Classical: Seiji Ozawa & Berlin Phil Tschaikowsky Symphony No 6

The Japanese title “HISO” or “pathetic” makes me feel something wrong with this. I don’t feel sadness but passion from this music. Ozawa’s passionate conduct at the age of 75 or something. Very very long finale and listerners don’t know when to start applausing. The performance is over but coducting will never end. He was already famous at the decade of 70s, but life is needed to be a master, and now he is a master.

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【YouTubeクラシック】小澤征爾とベルリンフィルのチャイコフスキー>交響曲第6番《悲愴》(チャイコフスキー) – YouTube

この邦題「悲愴」という名前には以前から違和感を感じているのですが、悲しいというよりは熱情的というイメージを持っています。小澤征爾渾身の指揮です。第4楽章の最終部分、演奏が終わっても指揮は終わらないと行った感じで長大なフィナーレが特徴。観客も拍手のタイミングを随分考えているように見えます。小澤征爾はすでに70年代から有名な指揮者でしたが、人生の終盤を迎えて巨匠の仲間入りをしました。やはり指揮には人生の厚みが必要だと思います。

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【YouTubeクラシック】ムターのモーツアルト・バイオリン協奏曲第3番>ANNE-SOPHIE MUTTER ~ Mozart Violin Concerto # 3 in G major – Camerata Salzburg – YouTube

昨日のヒラリー・ハーンに引き続きアンネゾフィー・ムターのモーツアルトバイオリン協奏曲第3番です。弾き振りをしています。聴き比べればわかりますがムターのモーツアルトは濃厚なバターのようなこってりした情感的な演奏です。胃袋が強くないと聴き疲れしますが、要素、要素に輝きがあります。

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【YouTubeクラシック】アルゲリッチ&デュトワ元夫婦の共演>ショパン:ピアノ協奏曲№1[Full] アルゲリッチ/デュトワ N響 – YouTube

  デュトワがNHK交響楽団の音楽監督に就任した際の演奏のようです。周知のように二人は元夫婦ですが、離婚した後もこうやって共演できるのはお互いの才能を認め合っているからかもしれません。ある意味羨ましい関係です。 二人とも日本が好きで日本にゆかりのある演奏者です。 アルゲリッチのピアノはいつ聴いても思うのですが、力強くてまるで打楽器のように聴こえます。  

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【YouTubeクラシック】華麗で荘厳な音を繰り出す変なおじさんの熱狂的な指揮>Mozart Symphony No.41 Kazuo Yamada NHKso 4th mov – YouTube

このYouTubeビデオについてのブログで書くのは2回目なのですが何度見ても感動するのでまた書きます。山田一雄とN響によるモーツアルのジュピター最終章です。 山田一雄は熱狂的な指揮のあまり指揮台から転げ落ちたことがあると聞いていますが、晩年の指揮とはいえ熱のこもった指揮を見ることができます。指揮者というのはとてもハードな職業であるらしくて、1曲指揮をした後は腕の筋肉が内部断裂を起こして腕が上がらなくなると宮本文昭が言っていました。 ぱっと見その辺にいる変なおじさんのような風貌の山田一雄、指揮も本当にこれで指揮になっているのかと思うようなタクトの振りですが出て来る音は全くもって素晴らしい。ジュピターをこれくらい華麗で荘厳な音を出せる人は海外も含めてあまりいません。 生きている間に一度見に行きたかった指揮者です。

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【YouTubeクラシック】緩急強弱の差が大きいヤルヴィのジュピター>Mozart: Sinfonie C-Dur KV 551 (»Jupiter«) ∙ hr-Sinfonieorchester ∙ Paavo Järvi – YouTube

  パーヴォ・ヤルヴィのモーツアルト・ジュピターを聴きました。この曲とベートーヴェンの交響曲第5番は指揮者によって随分演奏時間が異なりますが、ヤルヴィのものは明らかに短いと言うか緩急と強弱の差が大きい演奏です。   しかしGoogleでパーヴォ・ヤルヴィを検索するとプーチンがサジェストに出てきますがそんなに似てますかね?

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【YouTubeクラシック】カラヤンが唯一嫉妬した指揮者クライバーのこうもりリハーサル風景>Carlos Kleiber in rehearsal & in concert – Johann Strauss – Die Fledermaus – 1970 D/ITA COMPLETE! – YouTube

これはDVDを持っていましたがYoutubeでも見れるようになりました。カルロス・クライバーのこうもり序曲リハーサル風景です。もともとオペラハウス付きの指揮者としてキャリアを積んだクライバーですからオペラ(オペレッタ)はお手の物。華麗なタクトです。

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【YouTubeクラシック】アーノンクール&ベルリン・フィルのブラームス交響曲第1番。最終部分のみです>Nikolaus Harnoncourt and Berlin Philharmonic – Brahms: Symphony no. 1 – YouTube

残念ながら今年86歳で亡くなったニコラス・アーノンクールはオーストリアの伯爵貴族でした。しかし貴族らしからぬ熱のこもった指揮でオーケストラと観客を熱狂させてくれました。NHKホールでモーツアルトのレクイエムを直接聴いた時も、もちろん曲が曲だけにこのような熱狂ではありませんが、とても熱い魂のようなものを感じたのを記憶しています。

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【YouTubeクラシック】鳥肌立つほど感動的!圧倒的な疾走感!アーノンクールのモーツアルト後期交響曲集。(HD) Mozart: Late symphonies | Nikolaus Harnoncourt & Concentus Musicus Wien – YouTube

ハイスピードな指揮と演奏 高級オーディオの世界でハイスピードなスピーカーなどと称されることがあります。スピーカーが高速なんて変な言い方ですが、これは無音状態から音が立ち上がって耳に到達するまでのスピードが速いことを言っていて、このスピードが速ければ速いほど微妙な音のニュアンスや空気感が聴者に伝わるので良いスピーカーだと言われるのです。 今回ご紹介するアーノンクールの後期モーツアルト交響曲集のライブはまさにハイスピードな指揮と演奏が実現されていて、無音状態から音が立ち上がるまでのスピード、盛り上がりから無音に至る減衰スピードともに圧倒的な疾走感で聴く者を飽きさせません。 古楽だから実現できた演奏 画面をみていただければわかるようにこの演奏は古楽によるもので、作曲家=モーツアルトが生きていた頃の楽器やオーケストラ編成を用いて演奏されています。例えば現代のフルートは全て金属製ですが、この演奏では木製のフルートが使われています。今年初頭に惜しくも亡くなったニコラウス・アーノンクールはまさに古楽を始めた張本人で、この演奏は2014年ですから亡くなる1年少々前のものです。 近代オーケーストラは劇場の大型化に伴って大編成となり、ビブラートを効かせて広い空間でも余韻が残るような演奏となっていきましたが、モーツアルトが生きていた時代は劇場、オーケストラ共にスケールが小さく、まさにこの映像で見られたような演奏が行われていたに違いありません。 大切なのはこの演奏が単なる懐古趣味ではなく、モーツアルトの音楽が持っている世界を忠実に再現し、その感動を改めて掘り起こそうとしている試みであることです。当時は現在のロックコンサートのように熱狂的な演奏であったに違いありません。 自然現象の中から永遠の法則を見つける 何と言っても感動的なのがこの演奏が単なる楽器の演奏ではないということです。私はこの2時間弱に渡る演奏の途中、しばしば様々な自然現象をイメージしました。黒い土の中から新芽が出てくる瞬間とか、深い森の中の小川で小魚が俊敏な動きを見せる情景とか、最後のジュピターでは太陽系の惑星が大回転を行なっているシーンなど、演奏を通じて様々な自然現象が思い浮かべられました。 もちろんこれは私の勝手なイメージであり、妄想に過ぎないのですが、モーツアルトの凄さはこれらの曲が全て「商業音楽」つまり誰かに依頼されて納期付きで作った曲であるにもかかわらず、どのフレーズを切っても普遍性や神性が感じられることです。そしてアーノンクールはその普遍性のようなものをしっかりと手づかみで私たちの前に見せてくれるのです。 ぜひHD映像を高音質環境で このYouTube映像はHD画像ですので、ぜひHDが見れる環境で見て欲しいと思います。 そして最後に言いたいのは、良いコンサートは良い観客が作るということ。映像途中に映る観客は深い感動に包まれているにもかかわらず抑制の効いた態度でアーノンクールとモーツアルトを称えているように見えます。何度も何度もフレーズが口に出てくるくらい聴き込んだ聴衆だけが共有できる素晴らしいひと時です。  

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