ベトナム市場が活況になるにつれて印刷依頼が増えています。名刺やポスターのような少量印刷からチラシやカタログなど大量印刷まで様々な依頼をいただいています。ベトナムで印刷をする場合も基本的に日本と流れは変わりありませんが、ポイントを押さえて発注しないと思わぬトラブルになる場合もあるので概要をまとめてみました。
オフセット印刷とデジタル印刷
オフセット印刷はオフセット印刷機を使って行う印刷で、印刷を行う前に刷版(アルミ製の版)を作る必要があります。そのためIllustratorなどの入稿データをもとに刷版を製作する初期コストと刷版を作成するための時間が必要となります。またオフセット印刷機を設定するため労力が発生するため、通常は最小印刷部数を求められます。会社によって異なりますが、500部以上を最小印刷数に設定している会社が一般的です。
一方、デジタル印刷は大型のカラーコピー機のようなものです。オフセット印刷のように初期コストや設定は必要ありません。印刷も1部から可能です。しかしデジタル印刷はコピーのカウンター料金と同様、1枚刷る度にカウントされ、カウント料金を印刷機メーカーに支払うビジネスモデルとなっています。そのため、1部あたりの単価が高く、大量印刷には向きません。またデジタル印刷は設定時間が不要なので短時間に印刷可能です。
500部以上大量に印刷をする場合はオフセット印刷を、少量を短時間に印刷する場合はデジタル印刷がおすすめです。
オフセット印刷 | デジタル印刷 | |
---|---|---|
単価 | 安い | 高い |
納期 | 5-10営業日 | 1-2営業日 |
入稿データ | 同じ | |
品質 | ほぼ同様 |
入稿データ
印刷を行うためには入稿用のデータをデザインして作成しなければなりません。オフセット印刷の場合でもデジタル印刷の場合でも特に入稿用のデータに差はありません。一般的にはAdobe Illustrator形式かPDF形式での入稿となります。入稿方法については以前こちらのブログでも書きましたのでご参照ください。
品質
現在ではデジタル印刷の質が向上したため、素人ではデジタル印刷とオフセット印刷を見分けられない位に品質の差はありません。これはまともな印刷所で正常に印刷をした場合の比較であって、そもそも元々の製造品質が悪いために印刷品質が悪い場合があります。品質の差は機械や素材に起因するのではなく、製造品質管理が悪いために起こる場合がほとんどです。
実際にオフセット印刷工場に行ってみればわかりますが、土間の上に直接用紙が積み上がっていたり、用紙が整頓されていなかったりするため、印刷不良が発生する場合も珍しくありません。
価格
前述の通り、オフセット印刷は版代が初期費用としてかかるため、少量印刷では高価になってしまいますが、一定数量を越えればオフセット印刷の方が安くなります。デジタル印刷は数量が少なくても多くても単価は一定です。
一般的な目安として、500部以上刷る場合はオフセット印刷、300部以下の場合はデジタル印刷の方が総コストが安くなります。微妙なのは300部から500部の間で、この数量で受注を受けてくれるオフセット印刷会社は限られますし、デジタル印刷を行うと割高になってしまいます。
300部のデジタル印刷よりも1,000部のオフセット印刷の方が安くなるというケースも多々あります。
用紙・断裁
デジタル印刷はドラムとトナーを使用しているため、印刷できる用紙の選択幅が少なくなってしまいます。また紙の厚みも350gsm(パッケージなどに使用する厚紙)が最も厚い紙になります。
用紙の選択幅ではオフセット印刷の方が選択肢が広がります。しかし元々ベトナムでは日本のように高品質な用紙が幅広く揃っているわけではないので、全般的に用紙の選択肢は少なくなります。またほぼ全ての用紙の調達は輸入に頼っています。そのため、例えばベトナムで最もポピュラーなCouche用紙であっても、輸出元の国によって品質が異なる場合があります。
さらに問題なのは印刷後の断裁品質です。ベトナムの印刷会社で導入されているのは主に中国製の大型ギロチンですが、断裁刃のメンテナンスが悪かったり、オペレーターの作業品質が悪いため、正しい位置できちんとした断裁がなされていない場合があります。
このような事態を防ぐため、面倒でも工場に立ち会って印刷や断裁を目視確認するしか方法はありません。
印刷見本
デジタル印刷では1部刷っても100部刷っても品質は同等ですから、大量印刷をする前に1部のみ原本を印刷して確認をすることが可能です。
オフセット印刷では印刷を行う前に版を製作するため、数部のみの印刷実物見本を制作することは困難です。実際の印刷機での校正刷を本機校正と言いますが、ベトナムの印刷会社は本機校正を受け付けてくれないのが一般的です。それでも印刷見本を要求すると、実機ではなく、デジタル印刷機での出力を持ってくることがほとんどですが、実機でなければ微妙な色合いや刷りあがりを確認することはできないので、あまり校正の意味がありません。どうしても実機校正を行いたい場合は、5部や10部での実印刷をオーダーすることになりますが、この場合のコストは莫大なものになってしまいます。またもし実機校正後に修正が発生した場合は、再度製版をしなければならないので版代を追加請求されます。
ベトナムの印刷会社で横行している行為
過去の経験からベトナムで印刷発注をする際の不正行為をまとめました。
デジタル印刷なのに異常に安い
前述の通りデジタル印刷は印刷機メーカーにカウンタ料金を支払わなければならないために単価が割高になります。カウンタ料金を支払うことによって、機械のメンテナンスや純正トナーを使用することができますが、一部のデジタル印刷サービスでは異常に安い単価で提供しています。これは印刷会社が中古のデジタル印刷機械を購入し、非純正トナーを使用して印刷をしている可能性が大です。この場合メーカーメンテナンスがなされていないので、色味や印刷品質が悪くなっている場合があります。
他社との抱き合わせ印刷
オフセット印刷では最初に版を製作しますが、印刷会社によっては複数社の印刷物を一つの版に載せることによって版代のコスト削減をしている場合があります。この場合、色味の調整をしようと思っても他社の印刷物に影響が出るために自社の印刷物だけを調整することはできません。本来一つの版には自社の印刷物のみを載せるのが当然ですが、現場確認をしないと印刷会社によっては他社との抱き合わせ印刷を行なっている場合があります。
塗り足しをカットして印刷している
印刷物を入稿する際にはデザインの上下左右に塗り足しという余白を作成して、断裁後に紙の地色が出てこないようにするのが一般的です。しかし印刷現場を見ていて、わざわざ塗り足し部分をカットし、左右の印刷ページをくっつけて印刷している場合があります。これは塗り足しがあれば2回断裁しなければならないところを、1回で済ませたいから行なっているのです。印刷物の四隅に白地が出ていたり、他の印刷物の一部が印刷されていたりすると当然クレーム対象ですが、現場で注意しても、大丈夫だと取り合ってくれない場合さえあります。
わざわざベクターデータをビットマップに変換している
Illustratorなどのデータはベクターデータで作成されています。特に文字などは小さな文字でも潰れないようにベクターデータで入稿することが当たり前です。ところが印刷会社によっては刷版を作成するときに一度ベクターデータをビットマップ(ラスターデータ)に変換して製版している場合があります。これは元々の家業が写真のDPE業だった会社が印刷業に参入した会社に見られる現象で、デザインや印刷に関する知識がないままに印刷を行なっているので、5ポイントや6ポイントのような小さな文字が潰れてしまうというありえないような場合があります。
ベトナムでは印刷業は規制・保護産業
ベトナムでは基本的に印刷業のライセンスは外資系企業に解放されていません。また政府の検閲も存在しており、印刷業は規制産業=保護産業となっています。
例えばカタログの一部にベトナム地図をデザインした場合、西沙諸島・南沙諸島が表示されていないと印刷することはできません。もし印刷会社が検閲を見逃して印刷をしてしまった場合、罰金と回収の対象になります。同様に、ベトナム国旗や定期刊行物、統計データ、食品や医薬品に関する印刷にも規制が入ります。
自由競争ではないためベトナムでは印刷会社は規制かつ保護されている産業となります。日本に比べると競争が少ないため、日本の印刷会社のようなきめ細かいサービスは提供してくれません。未だに「印刷してやる」という態度の会社が多いことも事実です。
現状、ベトナムの印刷会社はオフセット機さえ購入すれば売り上げが上がる状況にあります。同時に、印刷機のオペレーターの賃金も高騰しており、一般的な工員の1.5倍から2倍の高給取りです。必然的にサプライヤーサイドの立場が強くなる状況にあります。
まとめ
4−5年前に比べれば印刷会社も若い経営者が増えてきて、品質やサービスも向上してきました。しかしまだまだ日本並みのサービスを提供してくれる会社は皆無である状況です。このような状況の中で少しでも質の高い印刷物を作成するためには、面倒でも現場に出向いて実物を確認すること、実際に上がってきた印刷物を一つひとつ目視確認するしか方法はありません。いずれベトナムでも自由化が進んで印刷業が外資に解放されれば状況は大きく変わるかもしれませんが、当面、地道に確認作業を行うしか方法がないのが現状かと思います。