谷崎潤一郎「吉野葛」(青空文庫)は失われたものを恋うるロードムービー小説だった

青空文庫で谷崎潤一郎の吉野葛が公開されたので早速読みました。
吉野葛は主人公の私と学友の津村が吉野を訪ね、津村は幼い頃に亡くした母の思い出を探しに、私は後南朝自天王の物語を書くための取材に出向くという話です。この中編には3つの旅が重なっており、母のルーツを探ろうとする津村の旅、吉野の伝説的な歴史を探ろうする私の旅、そして文字通り吉野の源流に向かって旅する二人の旅が描かれています。全編を通して感じられる郷愁感や切なさは幼くして失った母に対する思慕はもちろんのこと、谷崎が感じていた失われた日本への郷愁でもあります。吉野葛は1931年、谷崎が45歳の時の作品です。もともと日本橋生まれの生粋の江戸っ子であった谷崎が、関東大震災を機に東京に見切りをつけて関西に移住をしたのは、震災後の東京には谷崎が愛した江戸の姿が失われてしまったからでした。谷崎の母である関は当時の浮世絵にも取り上げられた美人で、谷崎は母をテーマに母を恋ふる記、少将滋幹の母などの作品を残しています。谷崎潤一郎の作品では女性が重要なパートを占めており、それは私生活においても同様でした。吉野葛は女、歴史、旅という3つのテーマを内在したロードムービー小説であると考えています。

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