私がアンリ・ルソーを愛する理由

※このブログ記事は専門的な知識の無い者が正確な史実に基づかずに個人的な思いを書いたものです。内容や解釈には誤りが含まれる可能性が大いにあります。

長年、私は絵画には全く興味がなく美術館に行って絵を鑑賞しても10秒ほどで飽きてしまい、いたたまれない気持ちになったものでしたが、最近自分でも絵を描くようになり、数多の画家がどのように描いているのかを注意深く観察するようになりました。
そうすると絵画の背景に込められた歴史や時の流れ、作者の生まれ育ちや生活環境、こめられた思いなどがだんだん理解できるようになり、1枚の絵には多くの思いや情念が込められていることがわかるようになってきました。

アンリ・ルソー

なかでもアンリ・ルソーは現在私が興味を持っている画家の一人です。

フランス素朴派の画家アンリ・ルソー(Henri Julien Félix Rousseau、1844年5月21日 – 1910年9月2日)は19世紀後半から20世紀にかけて活動した画家です。

偉大なる日曜画家

アンリ・ルソーはアカデミズムに属したことはなく、専門的な絵画を学んだことがありません。パリ市の下級税官吏を勤めながら週末に趣味で描いていた日曜画家です。当時から画壇から評価されることはほぼなく、誰でも出品できる公募展に出した絵は作家や批評家から嘲笑の的になっていたそうです。
しかし本人はそんなことにはめげず、黙々と亡くなるまで絵を描き続けました。本人は他人の批評などお構いなく、ただ純粋に描くことの喜びを感じていたに違いないと想像します。
その純粋さが私が惹かれる理由のひとつです。

無茶苦茶な構図。はっきり言って下手。

こちらの絵は本人が亡くなるまで手放さなかった自画像「私自身:肖像=風景(1890年)」ですが素人の私が見てもおかしな構図です。

アンリ・ルソーの描く絵は本人が描きたいと思う対象が異様に大きくなる傾向があって、この絵の場合、自分自身が風景の中で巨大に描かれすぎています。

川岸にたたずむ人はこのような大きさになるはずはなく、まるでネズミのような大きさで描かれています。

またアンリルソーは地面に足がついた状況をどうしても描けなかったようで、この絵では自分自身の足が爪先立ちになっています。

結婚する女性と家族を描いたこの絵も

ジャングルを歩くこの女性も足元だけは描くことができていません。 しかも人物に対して花や樹木は巨大すぎます。

挙げ句の果てに子供を描いたこの絵では足元を背景に埋めてしまっています。

アンリ・ルソーは生涯フランスを離れたことはありませんでしたが、数多くのジャングルの絵を描いています。異常なほどに丹念に描かれた植物の前に獲物を捉えたライオンの絵ですが、ご存知のようにライオンはジャングルには生息しておらず全くの空想で描かれたものです。植物はパリの植物園に通ってデッサンをしたらしいですが、1枚ゞの描き込みには執念に近いものを感じます。

新し物好きのルソーには当時物珍しかった飛行機や気球、エッフェル塔などのモチーフが描かれていますが、こちらの絵なども構図が破綻しているとしか言えません。

ピカソは評価していた

こちらの写真は若いピカソが入手したアンリ・ルソーの絵の前で佇んでいる風景です。

ピカソはある日キャンバスを買いに画材店に出向いたところ、中古キャンバスの中からアンリ・ルソーの絵を見つけ、生涯手放すことはしなかったということです。本人はアンリ・ルソーのことを高く評価しており、晩年のルソーのためにパーティを開いたりしたそうです。

描き続けた先の到達点

こちらは死の数ヶ月前に制作された「夢」

ピカソのゲルニカに影響を与えたであろう「戦争」

「眠るジプシー女」

これらは私が好きなアンリ・ルソー晩年の作品ですが、明らかに違う次元に到達したことを伺わせられます。
現実の人間としてのアンリ・ルソーはとても問題が多い人物であったようですが、日曜画家として趣味で初めた絵画を通して、最終的には人類の到達点に達したのではないかと思います。
偉大な画家にありがちなように、生前は評価されることがなかった人ですが、今でもこれらの絵を見ると心を揺り動かされるものがあります。
ただ純粋に自分が信じるものを突き詰めた者だけが到達できることをやり遂げた人であったのだろうと想像して胸が熱くなる作品です。

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